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日本のいちばん長い日
元祖、24(トゥエンティ・フォー)だな。
ジャック・バウアーもびっくりの映画だ。
1967年版と、2015年版の両方を観た。
細かいところは違うが、大筋では同じだ。
67年版の方が、粗削りな迫力がある。
役所広司だと、ちょっと優男の感じが抜けない。
実際には、2時間の映画だが、延々と続く会議や、血気盛んな将校、参謀たちが、右往左往する。
これを観ると、原爆投下がなければ、本土決戦になっていたのは必然のような気がする。
現実に、連合軍の上陸作戦は進行していたわけだしな。
67年版で、米内海軍大臣が細かい数字を立て続けに挙げて、阿南陸軍大臣を詰問するシーンがある。
実際に、そうだったのかは知らないが、なかなか見応えがあった。
本土決戦を避けたのは、本当に賢明だったのだろうか?。
もう、71年も前の話だ。
この中でも語られていないことは、いくらでもあるだろうし、誤って伝えられていることだってあるかもしれない。
それは、歴史の彼方に消え、闇に沈んでいった。
我が国は戦に敗れ、降伏した。
そこに至るプロセスの解明は、まだ完全には行われていないんだろう。
明治、大正、昭和と続いていた近代国家は、一度清算されたことになっているが、浮沈子は、そんなことはないと思っている。
我が国が戦後、急速に復興した背景は、多くの戦前の蓄積だったに違いない。
技術の蓄積、教育の蓄積、勤勉を尊ぶ習慣の蓄積。
滅私奉公、集団への帰属、高い道徳意識。
ああ、天皇制だって、その一つかもしれない。
浮沈子は、戦後生まれの戦後育ちで、象徴天皇制の中で生きてきた。
先日、おきもちを述べられたそうだが、正直言って、びっくりした。
まあ、個人的に何か言うことは自由なんだろうが、天皇制の根幹に関わることについて、当事者が意見を述べるというのは、殆ど抜き打ちというか、寝耳に水だな。
一応、事前に内閣で検討はしていたんだろうが、内閣からではなく、天皇個人から先に意見を出させたというのは、やはり、思うところがあるのかもしれない。
憲法には、こう書いてある。
「第四條:
天皇は、この憲法の定める國事に關する行爲のみを行ひ、國政に關する權能を有しない。」
おことばが、何となく違和感を感じさせるのは、このためかも知れない。
引退したくてもできない、世襲の地位を、何とかしたいという気持ちが分からないではないが、それは、国民の信託を受けた国会が決める。
「第二條:
皇位は、世襲のものであつて、國會の議決した皇室典範の定めるところにより、これを繼承する。」
個人的には、天皇制そのものを、もう一度見直してもいい時期に来ているような気もするが、それは、たぶん次の世代の仕事になるんだろう。
今は、ちょっとした波風が立ったという感じだけだ。
現在の皇太子は、浮沈子よりも年下だが、ほぼ同年代に当たる。
これから、法改正を経て、2年後くらいに地位を継いだとしても、60歳くらいからということになるんだろう。
世間では、そろそろ第一線から引退の年齢だ。
その後はどうするんだろうな。
更にその後は?。
それは、次の世代の人々が決めていけばいい。
昭和天皇は、終戦の際、国体護持には自信があると言ったようだ(2015年版)。
どういう根拠があったのかは知らないし、その辺りは、歴史学者がよく調べてみなければならないだろう。
辞めたくなったら、いつでも辞められるようにはしてくれなかったようだな。
米国は、そのあたりも含めて天皇の地位をイメージしていたんだろうか。
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