AIネタ:テセウスの船と運転免許証更新
(AIでコードを再構築することが容易になったことで「コードをコピーしたらライセンスを引き継ぐ」というルールが破壊されているという指摘)
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「Python用フレームワーク「Flask」の作者であるアルミン・ロナッハー氏は、「AIとテセウスの船」というブログを投稿し、AIによってコード生成コストが下がった時代におけるライセンスの問題について問いかけました。」
何かブログネタはないかと、いつも見ているギガジンの記事を読んでいたら、この文章に行き当たった。
AI時代のプログラムの再構築という記事の本題自体に、浮沈子的関心はない(そんなあ!)。
プログラムの同一性の比喩として引用されている「テセウスの船」という哲学的命題(パラドックス)の方に興味をひかれた。
(テセウスの船)
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「ある物体において、それを構成するパーツが全て置き換えられたとき、過去のそれと現在のそれは「同じそれ」だと言えるのか否か」
おっと、この手の話はダイスキだな!。
「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。」(鴨長明)
浮沈子は、以前にリブリーザーの中性浮力に悩んでいた際、動的平衡について調べたことがあったからな。
同一性についての考察の中で、浮沈子的に特に気になったのはこれ。
「構造主義
言語学者フェルディナン・ド・ソシュールは「テセウスの船」に直接解答した訳ではないが、あくまで言語学の立場から「午後8時45分ジュネーブ発パリ行きの列車」を例に出し、列車や乗客や運行などが違っていても同じ列車であると近代言語学を開いた『一般言語学講義』で述べている。実体が違っても価値は同じという考え方を採り、これが構造主義や記号論を形成する考えの一つになっていく。同じようにチェスにおいても、駒の素材が何であれ、キングなりビショップなりがどういう位置にあるか、どういう構造の中にあるか、によってその価値が決まってくると考える。」
「実体が違っても価値は同じ」
浮沈子的には、構造主義そのものというよりは、価値の同一性という考え方にユニークさを見たわけだ。
同一性が、物理的限界を超えて十分に抽象化され、物の存在や生命の世代を超えた価値として定義される。
余り適当な例ではないかも知れないが、浮沈子は運転免許証の更新時期を迎えている(誕生日が近いからな:また一つ、歳を取るわけだな:やれやれ・・・)。
既にマイナ免許証オンリーな状態だから、物理的存在としての免許証は持っていない。
まあ、当局はクルマの運転時にはマイナンバーカード(個人番号カード)の携帯を義務付けているから、完全に抽象化されているわけじゃない(物理的実体と紐づけられている)。
しかし、運転免許証としての価値は、仮にマイナンバーカードを紛失したり破損したりしても失われることはない。
今回は、マイナンバーカード自体の更新も同時期に行われる。
システム間の移行(同期)が上手くいくのかどうかはやや不安だが、マイナシステムと運転免許証管理システムとはリンクしていることになっている(昨年の秋に自動更新が実装されたようです)。
更新時期の関係から、運転免許証の更新が先になり(現行カード上で行われる)、マイナンバーカードの交付はその後になる。
新しいマイナンバーカードに、更新された運転免許証のデータが移行されているかどうかが問題だ。
価値の同一性が保たれているのかどうか(そういうことかあ?)。
物理的実体は異なり、新しいマイナンバーカードは現行カードと交換になる。
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